ー小説ー   手を伸ばせば消えるモノ

 僕は一体どこに立っているのだろうか。  

ここは一体どこなのだろうか。僕はタチバナ・アキラという名前で、ここ香川で建築系の会社に勤めている28歳の既婚者で、娘がいる。家庭はおおむね健全で、世間で言う幸せな生活を安定しておくっているという姿がこの世界での僕の立地点だろう。しかし、それが何だっていうのかという一種のひねくれた考え、いや、僕にとって歴然として正しい考えが、僕の右手に握られた包丁に無様なほどありありと表れている。それは幼稚園児が飛ぶ鳥を見つめ何故自分は空を飛べないのかという疑問とよく似ている。現実を把握できていないのである。  いや、僕にとって現実とは把握すべきものでなくて、ただ、そこにある一つの可能性に過ぎない。

それは数年前にキレル17歳という現象が問いかけた、何故人を殺してはいけないのですか?という問いがフォーカスされた雰囲気に合致する。ただ、17歳という自我や自己愛、自己顕示欲に支配されがちな人間が、社会に深い亀裂を生じさせるのが面白いという純粋かつ無思考が生み出すモノではない事が唯一の僕と17歳の差異である。僕は28歳でり、有名大学を出て、責任ある社会人として生きているのであり、無鉄砲な思考に支配され行動に移すような無責任な人間ではないからである。

 しかしながら、僕がたった今自分の妻と娘を刺し殺したという事実は、17歳のそれとなんら変わりないように世界には映るだろう。そこには僕の思考は一切入り込まないだろうし、入り込めない。僕にはわかることは、僕以外にはわからないのだ。いや、僕以外の人間はわかるはずもないし、僕も分かってもらおうとも思わなかった。そこには自己顕示欲も、自己愛もなにもないのである。僕にはこの行為について、世界を納得させるだけの理由を持ち合わせていない。  

僕にとってこの「殺人」は、朝コーヒーを飲む事、会社に出勤するために狂ったような満員電車に乗る事、夜に妻を抱く事といった日常的な行動となんら変わりない行動であった。そこに僕が殺人を犯してはならないと言う理由は、僕が探す限り、どこにもなかったのである。僕が妻つ娘を殺すと言う事に、一体どういう意味があるのだろうか。妻はさっき僕が左胸を一突きし、絶命した。しかし、僕が殺さなくても妻は確実に死ぬであろうし、ひょっとしたら僕が殺す一秒前に自殺したかもしれない。娘の同じだ。  

僕が確かめてみたかった事は、死と生との間に、一体何があるのだろうかというちょっとした好奇心が生んだ行為だ。その結果、妻は死んだ。僕の前にある血の海にその身を沈める彼女は、はてさて一体なんなのか。彼女は死ぬ直前は痛かったに違いない。それは経験していなくても分かる。包丁で刺されると痛いのだ。しかし、今の彼女は痛みを感じているのであろうか。僕には分からない。僕は死んだ事がないからだ。僕はそっと妻の髪に触れてみた。妻の髪は生きていた時と同じようにゆるいパーマのかかった痛んだ髪であったし、そこには死と生の区別なぞ一欠けらも見つけ出せなかった。ただ、それはそこにあった。現在でも妻の血は出続けているし、もしかしたら妻は生きているかもしれない。しかし、僕にとってそんな事はどうでもよかった。永遠に続くであろう彼女の死に、確実に終わるであろう ー 実際に終わったのだが ー 生はいつかは飲み込まれるものであったし、僕が興味があるのは生と死の切り離しにどのような意味があるのという切実な好奇心であり、それは僕の人生の中でなによりも重要な体験であった。

 どれくらい時間が経ったのだろうか。つけっぱなしにしてあったテレビは、いつの間にかカラーバーが映し出されており、一切の沈黙を保っていた。その間、僕はずっと血の海に溺死している妻と娘を見つめていた。いや、実は何も見つめてなかったかもしれない。しかし、僕の意識は僕の優秀な眼球を通じて、妻と娘と、それを取り囲む血の海を捉えていた。その間、僕はずっと考えていた。妻と娘を殺しても、何も感じないのは何故か。もちろん妻と娘が死んだ事、殺した事は悲しかった。時として涙も流れたかも知れない。定かではないが、それがこの世界のしきたりであり、僕もそれに属する生物として泣くことを要求されていたのであろう。しかし、そんなこと最初からとんだ茶番劇だと俺は見抜いていた。そんなものに囚われていたら、そもそもこんな世界に歯向かう行動なぞ僕は取らない。僕は28歳の大人なのである。

 妻と娘を見ているうちに、僕はどんどん自分がこの異様な空間に解けていくのを感じた。それはキンキンに冷えたビールが、9月の気だるい熱気にさらされ段々暖かくなるのと似ていた。この異様な空間は僕を僕から離れさせていく。僕は一体ここで今何をしているのか?僕は一体何をし、何を求めているのか。それが分からなかった。本当に分からなかった。そして僕はこの奇妙な感覚を好んだ。一時間くらいたっただろうか。そこで僕はぼんやり結論を出した。結局、人間は人間なのである。それ以上でないし、それ以下でもない。ただ、いまの世界は人間にそれ以上を望んでいるのである。僕には生きる意味がずっとわからなかった。死ぬ意味ももちろんわからなかった。そもそも意味とはなにかが全く分からなかった。そういういうことを考えると、世界は世界の意味を僕に押し付けようとする。まるで中学生のタバコを必死で取り上げる親のように。僕はそんなものを鼻から相手にしてなかったし、毛嫌いしていた。一体、お前たちに何が分かっていると言うのか?

 僕は世界とは関係がないのだ。そもそも、世界になんの意味があるのだろうか。世界は死んだ妻と娘を蘇生することができるのだろうか。死を生に戻す事が出来るのであろうか。世界には無駄が多い。物事はもっと単純でいいはずだ。物事はホールインワンのように、スコーンと何のよどみも無く描く軌道にのって、あるべき場所に運ばれるはずだ。僕にはそれについて確信があった。不思議だが、あった。何故だかは説明できないが、そもそも僕には説明する相手なぞいないので、そのへんは気にしなくてもいい。とにかく、一体だれがこのいびつな世界を作ったのであろうか。僕はどうしようもない憤りを感じていた。しかしすぐにさめた。所詮、僕は世界と何の関係もないという事実がクーラーのように僕の熱を冷ました。

 僕が興味あるのは、僕なのだ。妻と娘の死を吟味したあと、彼女たちに何も変化のない事を確認し、僕は自分の左胸に包丁を差し込んだ。それは今まで体験した事の泣き激痛であった。しかし、そんな激痛でさえ、僕とは関係のない事だった。血があふれ出した。ただ、血が僕の体から流れ出した。僕はそれを確認し、目で追った。それが今の自分の精一杯の動作だった。僕の血がテーブルの足にかかるかかからないかというところまで流れた所で、意識を失った。そして僕は落ちていった。真っ暗闇を歩き続けた僕は、とうとう地球の淵のある崖を通り過ぎてしまった。そして、ただ、真っ暗闇のなか、落下していった。

 しかし、生から死への変化というものが、歩いているか落下しているかという些細な、あまりにも些細な違いしか生み出さなかった事に、僕は失望を禁じえなかった。僕は僕の存在を全て否定されたような気になった。結局、僕は何故生きてしまったのだろうか。何故、生かされたのであろうか。そして、何故みんなは堂々と生きる事ができるのだろうか。僕は叫びたくなった。お前ら、一体何をわかっているって言うんだ!!しかし今の僕にとってそれはなんの利益にもならない。もはや僕は生を手から離してしまい、死に飛び込んだのであるからだ。実は頭の片隅で、僕の背中から鳥のような羽が生えて、また淵まで戻れる事も期待はしていたが、どうもそうはいかないようだ。オッケー、それならばそれでいい。どうせ何も換わりはしないのだから。僕は永遠の落下に身を任せた。そして、僕は静かに目を閉じた。景色は真っ暗闇だ。しかし、歩いている時からすでに真っ暗闇であったのである。結局何も変わらないのである。物事は結局単純なのだ。全てはあるべき場所に今でも収まっているのである。

 今やもう落下しているのかどうかも定かではない意識の中、僕は真っ暗闇になった。
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by mementojo | 2004-09-28 09:43 | 小説
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